作家のまち笠間で小さな陶器メーカを作る
個人作家や窯元とも違う
新しい陶芸家のあり方とは。
阿部 慎太朗さん
香川県出身。大学時代のサークル活動で陶芸に魅了され、卒業後に茨城県工業技術センター窯業指導所(現 茨城県立笠間陶芸大学校)へ。その後、独立して笠間でスタッフを雇い制作を行うユニークな工房のスタイルを確立。西洋アンティークから着想を得た繊細なデザインが人気で、2021年には工房の法人化を果たす。
受験に失敗したから出会えた、自分にぴったりの学び場。
―ご出身は香川県とのことですが、笠間に移ったきっかけは?
じつは僕、大学のサークルで陶芸にのめりこんで3回留年してしまって(笑)。これから就職活動するのもちょっと違うな…という想いもあり、人生一度きりだし陶芸の道を目指すことにしたんです。とにかく30歳までやってみて、芽が出なかったら就職しよう、と。
ところが第一志望の学校に落ちてしまい、途方にくれていたときに笠間の窯業指導所(現 茨城県立笠間陶芸大学校)がまだ募集していることを知ったんです。しかも釉薬(陶磁器の表面を覆うガラス質の部分)のみを1年集中で研究する科があるということで、ぜひそこで学びたいと思ったのがきっかけでした。陶芸の学校というと、土練りやろくろの使い方から学ぶのが一般的です。僕の場合、ひと通りのことはサークルで7年間やってきましたし、年齢のリミットもあったので釉薬科を目指して受験し、笠間に移ることになりました。
ちょっと変わった工房も、自然と受け入れてもらえる。
―陶芸で有名な土地は他にもありますが、笠間に工房を構えた理由は?
最初に笠間って良いなと思ったのは、「陶炎祭」という陶器市のお手伝いに学生として参加したときです。陶芸家というとスタイリッシュなイメージたったのですが、笠間には気どらない感じの方が多くて、この土地ならではの自由な雰囲気に魅かれました。また窯業指導所の在学中から少しずつお店との付き合いもでき始めていたこともあり、卒業後は弟子入りせずそのまま笠間で工房を構えることになりました。
でもそれが結果的に、現在の自分らしい陶芸スタイルを追求することにつながったのかなとも思っているんです。いま僕の工房では14名の社員・アルバイトを雇い、“小さなメーカー”のような体制で制作を行っています。正直、笠間でも浮いた存在だと思うのですが(笑)、この辺は個人作家が約9割を占めていてさまざまなタイプの方がいらっしゃるので、自然と受け入れてもらえているように感じます。
個人作家でも、窯元でもない、新たなアプローチ。
―あえて陶芸未経験のスタッフを雇ったり、工房を法人化したり、阿部さんは陶芸家としては珍しい経営視点を持っていらっしゃいますよね?
確かに限られた数をつくる個人作家に比べて、効率化された制作スタイルといえるかもしれません。でも特別なことをしているつもりはなくて、自分のつくりたい作品を追求していたら、自然と現在の形になったという感じなんです。
じつは僕、かつては伝統的な和の器ばかりつくっていたんです。そこから視点を広げてみようと思い、なかでもピンときたのが実家で母が集めていたような、繊細で美しいヨーロッパの器でした。独特のウェーブ状をつくるために金型の知識を学び、独立直後は1人で制作していたのですが、ありがたいことに注文が増えて自分だけでは手に負えなくなってきて。作品にかける手間ひまは変えずに生産数を増やすため、周辺作業をスタッフに手伝ってもらうようになったのが始まりでした。
―生産数を増やすことと、作家としてのものづくりのバランスについてはどう捉えていますか?
そもそも大量生産=良くないとは思っていないんです。以前、金型を学ぶために陶器工場を見学した際、そこで働く職人さんの技術力に感動した経験があって。そこから個人作家と窯元・メーカーの中間を行くやり方ができないかなとずっと考えてきました。わがままかもしれませんが、目指しているのは僕1人でつくっていたような作品を「中量生産」できる体制。焼ムラを確認・手直しをして窯入れを重ねるなど、工程が多い作品制作だからこそ、確かなクオリティで注文に応えていくためにはスタッフの協力が欠かせません。加えてデザインの考案はもちろん、生地づくりや絵付け、サインなどクリエイティブに関わる部分は必ず自分で行うことで、個人作家ならではの味わいがある作品を届けたいと考えています。
自分らしい陶芸スタイルを追求しやすい土地。
―陶芸家として、笠間で制作を行う魅力はどこにあると思いますか?
古くから陶芸が根付く街なので、地域の人たちも作家に寛容で活動しやすいと感じます。また自分の工房運営に関していえば、陶芸大学校が近くて学生アルバイトさんも集まりやすいですし、作品づくりで悩んだときも技術的な相談ができる窓口もあるのも助かります。メインの販売先となる東京にも行きやすくて、豊かな自然のなかで静かに作品づくりに集中できる。落ち着いてものづくりがしたい人にはとても良い環境だと思っています。
―今後の展望は?
これからは制作・販売だけでなく、長くお使いいただくためのアフターケアまで対応できる体制をつくれたらと考えています。また最近はアジアを中心に海外への輸出も増えてきました。新たなお客さまに自分の作品を使ってもらえる機会が増えていくとうれしいですね。